中学校から陸上競技をはじめる。小学校が遠く、長い距離を歩いて通学していたおかげか、他のスポーツに比べると、割に長距離が速く、県大会で決勝に行けるかどうかと言うあたりの走力であった。中3時の県ランキングは800mで10番目位だったと記憶している。
高校は、いくつか誘いもあったが、自宅から通える範囲で、当時県の高校駅伝で入賞するレベルにあった廿日市西高校に進学した。
3年間、腰痛もあり、練習の消化状態が悪く、ポイント練習を外しては焦って抜きの日に取り返そうとして頑張ってしまうと言う、今なら良くわかるのだが、完全な悪循環に至って、思う様に記録を伸ばせずに終わってしまった。
ただ、他のメンバーのお陰もあり2年、3年と中国高校駅伝には出場する事ができた。
個人では、2年時の新人戦で800mにて入賞したのが唯一の実績である。